yukiの打ハハ日記

パーカッションアーティスト@中村友紀のブログ

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熱血指導官

普通母校を卒業したら、先生が違ってしまうと、なかなか行きにくくなるものです。高校時代、顧問の先生が毎年代わっていたので、更に愛着もなくなるものと思っていました。
その先生は、卒業した年に赴任されました。先生がOBバンドの結成を呼びかけ、指揮をし、在校生の定期演奏会で披露することになりました。なんの違和感もなく、教え子でない私たちは集まり、楽しいコンサートになりました。そのご縁もあり、教育実習で先生にお世話になることにしました。
「お前は先生になるつもりがないなら、授業をとにかくやれ。それで打楽器を使ったアンサンブルをやれ。っていうか、俺に教えろ。」
私は卒業してから出会った先生ですが、扱いはまるで教え子のよう。毎年顧問が代わっていた親無し子みたいな感じだったので、逆に嬉しくもありました。
そこで当時より少し前に流行っていたTHE BOOMの、「風になりたい」を教材で使いました。
「ほぉーっ!こんな曲があるのか!これのスコアとCDと、お前の資料、全部置いていけ。後は俺がやる。」

何しろ熱い先生で、高校教師にしては珍しく泥臭い人でもありました。実習は私の得意なインチキピアノと、全国クラスのサッカー選手にスルードをノリノリでやってもらい、かなり楽しく合奏しました。でも実習期間中、職員室で理由不明に引っ叩かれました。
その実習が終わって一年ぐらい経って、先生と飲みに行った際、
「お前、先生になれ。俺がおしてやる!」
引っ叩いたり、先生になれ!と強制したり、メチャクチャだなぁー。なんなんだ?と思いましたが、実習をそれだけ評価してくれたことに、とても嬉しく思いました。
いつも勢いがあり、乱暴な口調ではあっても深い愛情があり、先生としてのプライドを持っていて、その凛とした姿勢にピリッと感じる時があり、教え子でもないのに怒られることもあったので、ちょっと怖かったり。でも心の何処かにその先生の言葉が引っかかっていたのでした。
今こうして楽器講師をやっているのも、その先生のおかげかもしれない。
「いいか、人にものを教えるのは、100資料を集めて1教えるかどうかだ。時間と手間をかけなきゃ、いいものは生まれないんだぞ!」
至近距離で目を見開いて、口調はキツイ、言葉と言葉の間の独特の間がある。

この人とは生きるステージが違う…向こうがベンツなら私は軽だ…

5年前、大雨の降る夜に、二人でお話した時に、そう思いました。それが最後になるなんて…今会ったらなんて言われるだろう。53歳は若すぎませんか?杉山賀英先生!
いろいろありがとうございました。安らかにお眠りください。
それで、引っ叩かれた理由は永久に闇の中か…アハハ