yukiの打ハハ日記

浜松市在住 打楽器奏者 パーカッションアーティスト@中村友紀のブログ

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20160519090529 打楽器はじめの12ヶ月

音楽における色彩の話

浜松学芸高校の音楽コースは

7/26にオペラコンサートを開きます。

私はその打楽器を担当している

2名の生徒の指導に出かけます。

そのための非常勤講師、として

現在も継続して学芸高校に携わっています。

 

2名の生徒さんは意欲的で

すごく吸収してくれるので

教えていて楽しいです。

 

昨日は音楽をする上で

考えると良いことを話しました。

 

技術だけうまくてもダメで

表現と

構成力も必要なんだけど

 

最後の構成力はレッスンの先生も

教えられない領域なんだよ

と話をしたら、

驚いた表情をしていました。

 

受験で評価されるのはその3つ。

 

技術は教えるけれど

表現も気になった箇所を言うだけで

全体通しては言わないし

構成の話に、ならないと思う。

 

結局は自分がどう感じ

どう考えるか、なんだと。

 

私はこうしたい!

ものを言える演奏家じゃないと。

 

お客様は音楽を聴きに来てくださるが

上手い下手もあるけどそれは

上手いに決まっている。ので、

それ以外がどうなのか

それは感情であり

それは知性なんじゃないかと思う。

そういうのが音を通して

絶対に伝わるから。

 

演奏家が醸し出す全てを感じたくて

コンサートに足を運んでくださるんだよ。

 

 

 

2人はひどく納得した様子で

私の話を聞いていました。

 

こう思えたのも

学芸高校で指導した3年間があるから。

 

本気で音楽をやり

自分と向き合って

苦しみもがき、

自分とはなんなんだ!という様子を

私は傍に見て来ました。

普通科の高校で過ごした私には

なかった体験を目の前の生徒がしている。

 

本当に音楽が好きじゃないと

居られないのが

学芸音楽科なんだと思います。

 

私はのんびりとそれらを徐々に

自分で見つけたら体験したりして

ここまで来ました。

普通の人が体験するより遥かに

スローペースだった。

信じられないほど、ゆっくりゆっくり

歩を進めて今がある。

 

昔は音楽をスタートした年齢が遅すぎることや

大学も簡単に合格したことなどから

劣等感の塊だった私が

今もまだこうして続けられるのは

 

実は活躍している人からしたら

稀な環境に身を置いて来たからに他なりません。

それは、後になって気がついたことです。

 

そして、落ちこぼれな私でも

音楽家として続けられたのは

温室のようにぬくぬくとした環境で

ゆっくりのんびり過ごせ

私の音楽への情熱が

冷めることがなかったことだと。

 

もしこれよりもっと早かったら

確実に今の私はないと。

通ってきた過程はこれで良かったんだと、

最近思うことが多くなりました。

 

人にはその人のちょうどいい環境と

巡り合えるようになってると聞きます。

 

何故そこにいるのか

その人にとってちょうどいい。

 

もし気に入らないのだとしたら

解決策を考えればいい。

 

足掻いた先に、

ちょうどいい場所にたどり着くでしょう。

 

今がんばれないなら

足掻くのはもう少し先でも良いのかも。

 

自分がどうしたいか、

自分で決めればいいのです。

 

人にあれこれ言われようが

動くのは自分です。

人からアドバイスした通りにしたのに

うまくいかなかったと、

それはそれを聞いて

自分が決断し

自分が動いた結果なのです。

 

自分が何がしたいのか

分からない。。。。

自分の得意技もわからない。

好きなものは…。

 

なんとなくしたいなら

なんとなく生きる道もあります。

無理に決める必要もないと思います。

 

もし気に入らなければ

 

おそらくその時が

人生の変わるチャンスです。

 

私はこういう演奏をする!と

決めた覚悟は

人を魅了してやみません。

 

観客は、それを、

人のたぎりを

観に行きたいのだから。